その日、私は猪を殺した。
はじめに。
狩猟について、可哀想だ、残酷だと思う気持ちは間違っていないと思うし、そうした心はぜひ、大切にして欲しい。
私は趣味や職業柄、食や命について考える機会が多い。
無論、この記事を見ている方が、偶然にも私と同じ考えを持っている可能性など無いに等しいと思う。それでも、少しでも私の感じたこと、思いが伝わって、ふと、何かを想うきっかけになれば嬉しい。
記事中では、生々しい表現もあえて隠さずに描写する。できる限り、ありのままを伝えたい。少しでも興味がある方には、読んでもらいたい。
※猟については完全な素人で、説明が間違っていたり、生業として猟をする方たちの価値観とは大きくかけ離れていると思う。申し訳ない。
特にこれといったキッカケがあるわけでも無いが、「自分で手に入れた食材を自分で食べたい」といった憧れが次第に強くなった。
ここ数年は本当によく魚釣りに出かけた。多くの魚を釣り、捌き、そして食べてきた。
猪については、捌いたことはあったものの、全て農家さんからのいただき物、それも手慣れた友人たちと一緒だった。
そんな私であったが、先日、初めて自らの手で猪にトドメを刺し、解体した。
その時の素直な気持ちや反省を、記憶の新しいうちに書き綴りたい。
昨年9月、同僚から狩猟免許を取ったと連絡があった。
私自身、以前から狩猟に興味はあったものの、仮に免許が取れたとしても、様々な問題や懸念(罠の購入費用に設置場所、維持やメンテナンスも時間がかかるし、仮に仕事後に動物が罠に掛かっていても体力的に処理しきれない)があることで、半ば諦めていた。そのため、当時は良い話を聞いたな、なんて軽い思いで、もしもの事があれば処理を手伝う、と伝えていた。
昨年末頃から、同僚が本格的に括り罠と箱罠の設置を始めた。当人の家はすぐ裏手が山になっていて、家の近くでもよく猪が出た痕跡があるとか。
しばらくして、罠は作動していたものの、肝心な動物が掛かっていない、罠の一部が壊れて脱走した…など聞くたびに、悔しさとともに、安堵を覚えるようになった。これは「動物を殺さずに済む」という安心感に他ならない……。
憧れを持ちつつも、常に頭の中には葛藤があった。
2022/1/12朝
出勤前に同僚から「箱罠に猪がかかった」との連絡。
箱罠というのは、犬のケージを大きく丈夫にした物がイメージとして近い。
動物が中に入って装置に触れると仕掛けが作動して、入り口の蓋が落ちてきて逃げられなくなる仕組みになっている。
昼休みに会社近くのホームセンターに向かい、小型の出刃と縄を買った。
括り罠なら、行動範囲外から頭部を殴打して気絶させる手が使えるが、箱罠ではそうもいかない。
檻の隙間から槍状の刃物を差し込んで、動き回る獲物の心臓(若しくは近くの太い血管)を狙う必要がある。
付け焼刃でも、トドメ刺しは可能な限り確実に、そして一撃で行いたいという思いがあった。昏倒させることが出来ない以上、少しでも苦しむ時間を短くしたい。
あくまで個人的な思いだが、命を奪う者として、せめてもの情けというか、礼儀だと感じる。
退勤後、すぐに家から合羽を持ち出して、同僚と共に現場に向かった。
車に積んでおいた古い物干しざおに、昼買った出刃を括りつける。思っていたよりもしっかりと固定できた。少々力が加わろうとも、外れはしないだろう。あとは私の腕次第。
↑実際に使用した即席槍
柄の部分に数回ロープを巻き付けて巻き結び…を繰り返して固定した。
ヘッドライトの灯りを頼りに、罠に近づくと、闇の中で何かが動き回る音がした。当たり前のことだが、ああ、確かにそこに居るんだ、と強く感じた。
近づくにつれて、猪も興奮して暴れはじめる。
ついにこの時が来た。
当時の気持ちとしては、来てしまった、という方が正しいのかもしれない。
緊張と不安に苛まれながらも、檻にライトを向ける。
捕まった猪は、以前に捌いた事のある個体よりも小柄だったが、それでも相当な力がある様だった。
よく観察すると、口の周りには血が滲んでいる。なんとかして逃れようと、罠にぶつかったり、噛みついたりしたに違いない。
野生動物の、生きるための必死さを感じずにはいられなかった。
だが、罠にかけた以上、やるしかない。
必死に足掻き、生きようとする猪を、私が殺すのだ。
朝、報告を受けた時から、頭の中で何度もイメージをしてきた。
即席の槍を、猪の心臓の高さに構える。もはや、すぐ側で見守っているはずの同僚の姿は私の目に映らなかった。
なんとか逃げ出そうと、猪は絶えず動き回る。これでは狙いも定まらない。
隙を作る為にわざと柵に近付き、此方に気を向けさせる。
一瞬、威嚇のためか、槍を構えた位置に猪が止まった。
手加減しては余計な苦しみを与えてしまう。狙いを定めた槍を思い切り突き刺し、素早く抜いた。
胸部から鮮血が滴る。血の量から、先程の一撃が致命傷になったことを悟った。
この猪は、確実にここで死ぬ。そう痛感した。
血を流しながらも、猪は数秒間暴れ続けた。しかし次第に大人しくなり、千鳥脚のように脚をもつれさせて、倒れた。
鼾をかく様な呼吸音と、時折、ゴボゴボと血が溢れ出す音が暗闇のなかに響き、とうとう猪は動かなくなった。
実際には1〜2分の間だったが、猪が息絶えるまでジッと見つめていた時間は、とてつもなく長く感じた。
しっかりと着込んできたはずなのに、気付けば手足は震えていた。
猪が完全に動かなくなったのを確認して、箱罠から運び出した。1人でなんとか持ち上がるほどの重さだったが、広い場所で捌きたかったので、手押し車に乗せてガタガタの道を運んだ。
本来ならば、体表の汚れや血抜き、冷却、ダニ等の対策として沢にさらすと良いらしいが、立地や時間の都合で割愛。
同僚には暖をとりつつ残滓の処理をするため、解体場の側で焚火の管理を頼んだ。時折響く竹の爆ぜる音に驚きながら、ブルーシートを広げて解体を始めた。
何度か友人らと解体したことがあるものの、いざ自分で行うと、これが存外難しい。
記憶を頼りに、まずは腹に薄く切れ込みを入れる。内臓を傷付けると内容物が出てきてしまう為、慎重に腹を開いた。
気温はほぼ0℃、腹からは湯気が立ち上っていた。
※これより下に少しグロテスクな写真を載せているため、耐性のない方は記事を閉じて欲しい。